伊藤園大野奈々

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大野 奈々

大野 奈々(おおの なな)とは、2011年3月獨協大学卒、伊藤園に入社したスイーツアタッカーである。

2011年10月31日午後3時30分頃、東京都大田区西糀谷の環8通で、走行中の営業車が中央分離帯に突っ込み、植え込みの剪定をしていた作業員2人と、交通整理をしていた警備員1人の計3人をはねた。

この事故で、北区赤羽西、作業員足立久和さん(70)が全身を強く打って搬送先の病院で死亡したほか、警備員の男性(71)が意識不明の重体、作業員男性(62)も足を骨折し、重傷を負った。

警視庁蒲田署は、営業車を運転していた飲料メーカー「伊藤園」(本社・東京)社員・大野奈々容疑者(22、埼玉県八潮市)を自動車運転過失致傷の疑いで現行犯逮捕し、容疑を同致死傷に切り替えて調べている。

同署幹部などによると、現場は片側2車線の緩い左カーブ。大野容疑者は営業車で小売店を訪問する途中だったという。同署は、現場の状況などから、大野容疑者が居眠り運転していた可能性もあるとみて調べている。 裁判において、「私は残りの人生を一生楽しむことはない」と反省するも、ちかいうちに結婚する予定らしい(嘘つき)

大野奈々の留学体験談[編集]

大野 奈々
大野 奈々

大野 奈々 2010年度英語学科4年

留学場所:Cardiff University(イギリス)

留学期間:2008年10月 - 2009年6月

留学形式:長期交換留学

交換留学制度と私[編集]

私の留学を可能にしてくれた大きな要因のひとつが、獨協大学による交換留学制度でした。

金銭的負担:授業料は獨協大学に例年通り納め、カーディフ大学へ授業料を納める必要はありませんでした。また、10万円の研修費や月2万円の留学補助奨学金が出ます。私はその研修費で大学が始まるまでの3週間、カーディフ大学で行なわれた語学研修に参加でき、エッセイの書き方など授業に役に立つことを学べました。

単位認定:1年間留学へ行っても4年間で卒業可能です。私は留学を考えていましたが、4年で卒業することは譲れませんでしたが、獨協大学の単位交換制度を利用することで安心して留学を決意することができました。

心のゆとり:海外には質の悪い大学も氾濫していますが、獨協大学の協定大学はどれも非常に質の高いカリキュラムに基づいた授業を行なっています。また国際交流センターとの連携も積極的なため、安心して大学を選ぶことができます。留学手続きの際も、基本的にはすべて自分自身で書類を作成したり先生に推薦状を頼んだりするのですが、どうしても不安なときは国際交流センターの熟練した方々が良きアドバイザーになってくれました。

このように、獨協大学の交換留学制度は非常に整っています。実際私も金銭的または卒業年の面から考えて、この制度を利用しなければ留学は出来ませんでした。

授業と私[編集]

以前から経済に興味があった私はカーディフ大学が経済に力を入れている大学ということを契機に、経済科目に果敢に挑みました。しかし1年生用の授業をとったため予習復習をきちんとすれば、経済初心者の私も授業についていくことができました。

1.Microeconomics

2.Macroeconomics

3.Economic History

さらに、日本では国際関係を専攻しているため法律の要素を多く含んだ国際関係科目を履修しました。日本では、政治から国際関係を考えることが多いので法律という視点から国際関係をみた経験は、日本へ帰ってきてからもとても役に立っています。

4.Public International Law

5.International Trade and Human Rights Law

カーディフ大学には日本語学科があり、イギリス人やヨーロッパからの留学生が日本語を一生懸命学んでいます。日本人留学生は彼らをサポートするために、一緒に日本の政治や社会、自然や新幹線などユニークなトピックを学びます。そのため、日本人留学生は以下の科目を必ず履修しなければなりません。しかし、皆日本に興味のある学生であり、友人作りがしやすい環境なので、この授業をきっかけに多くの友人ができます。そうしてできた友人とお好み焼きパーティーや海苔巻き作りをしました。

6.Modern Japanese Society

以上6科目を、カーディフ在学の1年間で履修しました。まだ、海外の大学がどのようなものかわからない方には本当に単位が取れるのかという不安を抱くと思います。しかし、1つの授業につきチュートリアルという1時間の復習授業があるなど、わからなくても再度確認できるチャンスがたくさん与えられます。その機会を積極的に活かせば授業に不安を抱く必要はありません。

寮での生活[編集]

すべての留学生は、自分が勉強する校舎近くのカーディフ大学の寮かプライベートの寮に住みます。今回は、私が滞在したCOLUM HALLをご紹介します。

COLUM HALLでは寮生一人につきバストイレ付の部屋が用意されています。FLATという7部屋ごとの区切りがあり、その7人でキッチンを兼用します。キッチンを兼用するため、お酒をたくさん購入し、料理を作ったりお菓子を用意しホームパーティーを行なうことも多々ありました。また、料理を作りながらイギリス人の友達と会話をすることで自然な会話力も身につきました。イギリスで出会った不思議な野菜たちの名前も覚えることができました(ParsnipsとBeetrootsは私の大好物です)。

もちろん学生寮で生活するマイナス面もあります。寮に住む学生は大抵1年生であるため非常に元気があります。私がテストのときに友達を呼んで大騒ぎをされてしまい、薄い壁から声が漏れてなかなか勉強に集中できないときがありました。しかし、それも慣れが解決してくれることで、今ではどんなにうるさくても集中力を持続させられる能力が身につきました。

カーディフと私[編集]

カーディフの人々:イギリスウェールズ地方の首都であるカーディフは、町中のいたる所にウェールズ語及び英語の表記がある看板があります。カーディフの人々は自分たちのウェルシュとしてのアイデンティティーを大切にしていることが分かります。しかし、ウェールズの人々のなまりのつよい英語はなかなか理解するのが難しいです。カーディフ大学にも何人かウェールズ出身の教授がいらっしゃいましたが、イングランド出身のイギリス人でさえも、何と言っているのかわからないと授業中に途方に暮れていました。<br />多くの学生はイングランド等他の地域からやってきているため、ウェールズの人々と接する機会があまりありません。そこで私は、地元のチャリティーショップOxfamでボランティアをしていました。15分おきにお茶の時間がもうけられるのんびりとした気質を目にすることができました。<br />日曜日の朝早くからはファーマーズマーケットというものが川沿いに開催され、作りたての温かいウェルシュケーキや、おいしいチーズやパンが売り出されます。そこでも地元の人々との交流が楽しめます。

ショッピング:カーディフ大学の寮はカーディフ中に分散していますが、大抵は近くにTescoという大型スーパーがあるため食品や生活用品はそこで購入します。洋服やDVD,CD等はシティーセンターと呼ばれる町の中心街で何でもそろえることができます。イギリスで2番目か3番目に大きいTOPSHOPもあります。クリスマスには特設ショップができて、クリスマスショッピングも存分に楽しむことができます。

娯楽:カーディフには海もありますし、ベイにも簡単に行くことができます。また、カラオケやクラブ、パブやバーも豊富にあります。イギリス人によると、こうした場所はイギリスの社会に欠かせない場所である一方で危険が伴う場合もありますが、カーディフにおいては学生が多く、また一か所に集中しているため非常に安全にイギリス社会のナイトライフを楽しめるということでした。私も、友人に誘ってもらいイギリス人の飲酒文化をパブで目の当たりにしたり、どんな学生もクラブに繰り出して踊り明かすというライフスタイルを自分自身で経験し、新しい価値観を得られたと考えています。

就職活動と留学[編集]

就職活動が遅れてしまうから留学をしようか考えているという話をよく聞きますが、私もその一人でした。そこで私の場合は1年生の夏休み頃からTOEFLの勉強をはじめ、10月から受験を開始し、2年生の秋学期からの留学を達成しました。帰国したときは3年生の秋学期でしたのでほかの学生と同じように就職活動を始められました。工夫すれば就職活動も通常通り可能です。<br />たとえ就職活動の始まりが遅れてしまっても留学は有益だとも考えています。なぜなら、留学中にした経験から働きたい業界や新しい興味を紡ぎ出して、企業の人を納得させられる自己PRが作れるからです。私は、2011年4月からお茶を中心に扱う飲料メーカーに内定をいただきましたが、この企業に興味を持った理由は、留学中に日本に関心がある学生と接し、彼らが日本食レストラン等でうれしそうに緑茶を注文する姿をみて、彼ら向けにお茶のバラエティーを広げたいと強く思ったからです。それを強い思いとして就職活動に挑んだところ内定をいただくことができました。

最後に[編集]

飛び込まなければ怖いばかりの世界が留学だと思っています。私自身、留学が決定してから実際にイギリスに飛び立ち生活を始めるまで、ずっとやめておけばよかったなどと恐怖におののいていました。しかし、行ってしまえばあとは自分のがんばり次第だということをひしひしと感じました。最後に私がみなさんに伝えたいことは、とにかく飛び込んでいただきたい、そして現地で経験していただきたい、その一言です。

関連事項[編集]