一酸化炭素

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一酸化炭素(いっさんかたんそ、carbon monoxide)は、常温・常圧で無色・無臭・可燃性の気体。一酸化炭素中毒の原因となる。化学式は CO と表される。

性質

炭素や、それを含む有機物燃焼すると二酸化炭素が発生するが、酸素の不十分な環境で燃焼(不完全燃焼)が起こると一酸化炭素が発生する。さらに高温あるいは触媒存在下では C と CO2 とに分解(不均化)するし、一酸化炭素自身も酸素の存在下で燃焼する。

高温では強い還元作用を示し、各種重金属酸化物を還元して単体金属を生成する。常温では遷移金属配位して種々の金属カルボニルを形成する。その中のニッケルカルボニル (Ni(CO)4) は、かつてニッケル精製の中間体として用いられていた。

一酸化炭素は、水にはほとんど溶けない。

この分子は様々な点で窒素分子(N2)に似ている。分子量28.0で窒素分子とほぼ同じ。結合長は112.8 pmに対して窒素は109.8 pm。三重結合性を帯びるところも同じである。結合解離エネルギーは1072 kJ/molで窒素の942 kJ/molに近いがそれより強く、知られている最強の化学結合の一つである[1]。これらの理由から、融点(68 K)・沸点(81 K)も窒素の融点(63 K)・沸点(77 K)と近くなっている。

上のような3つの共鳴構造を持つが、どれもオクテット則は満たさない。だが三重結合性が強いため、電気陰性度がC<Oであるにもかかわらず、炭素原子上に負電荷が乗った一番左の構造の寄与が大きい。全体として双極子モーメントは0.122 Dとなる。

基底状態一重項状態なので不対電子はない[2]

製法

工業的には 800 ℃ 以上(普通は 1,000 ℃ 程度)に、加熱したコークス水蒸気)を反応させて作られる水性ガスから得られる。その反応は、

C + H2O ⇔ CO + H2

である。上記反応で右方向(→)への反応は吸熱反応であり、反応進行とともに温度が下がる。排気弁を閉じ、空気を注入してコークスが燃焼して温度が上昇すると、再び水蒸気を注入して一酸化炭素と水素を生成させる。これを繰り返してコークスがなくなったら、次のバッチを充填して反応を開始する。

実験室で作るときは、ギ酸濃硫酸脱水するとできる。このとき、

HCOOH ⇒ CO + H2O

の反応が起こる。一酸化炭素は水に溶けにくいので、水上置換で集めることができる。

食品加工

日本では古くから、マグロなどの鮮魚として出回る魚介を一酸化炭素処理すると、刺身にした際に発色が良くなり新鮮そうに見えることが広く知られていた(後述の項目#症状を参照)。

一酸化炭素がミオグロビンに結びつくとカルボキシミオグロビンになり、鮮やかな赤色を呈する。このカルボキシミオグロビンは、酸素が結びついたミオグロビンや酸化されて茶色を呈するメトミオグロビンよりもより安定した物質である。この安定した色が通常のパックよりもあたかも長持ちして新鮮なように見えることとなる。

1980年代に入ると、日本のマグロ輸入量が急増。日本発の技術として一酸化炭素の処理方法は、輸出先の国々を中心に世界的に広まることとなった。こうした処理技術は消費者が判断する鮮度の基準を狂わせ、食中毒の原因にもなりかねないことから、1994年には、食品衛生法で禁止されることとなった。しかし、世界中に広まった技術を根絶することは難しく、未だに利用する海外の業者は多いとされる。現在でも輸入加工食品の一部で一酸化炭素処理が発覚する事例がしばしば発生する。一酸化炭素処理されたマグロは「COマグロ」と呼ばれることがある。

一酸化炭素中毒

一酸化炭素中毒(いっさんかたんそちゅうどく、carbon stroke)は一酸化炭素によって起こる中毒症状のことである。

中毒原因

発症機序は十分に解明されていない[3]が、次のように考えられている。 一酸化炭素は酸素の約250倍も赤血球中のヘモグロビンと結合しやすい上、酸素分圧とオキシ・ヘモグロビン濃度との関係を変調させる。ヘモグロビンには4つの酸素結合部位が存在し、結合数が多いほど結合安定が安定になる。すなわち、末梢の酸素分圧が低い組織に運搬されると酸素の結合が乖離し始めるが、結合する酸素が減るほど乖離しやすくなる為、効率的に末梢で酸素を放出する特性がある。ところが、4つある結合サイトのうち1つが一酸化炭素と結合したヘモグロビン(カルボニルヘモグロビン)は、他のサイトに結合した酸素も安定化し放出しにくくなるため、血液の酸素運搬能力が下がり、末梢で酸素分圧が極端に低下し中毒症状を起す。

一酸化炭素は、特に酸欠状態でなくとも燃焼に伴い発生するが、炭鉱での爆発事故や地下空間などで換気が悪い場合に蓄積し、また一般家庭では、屋内での木炭コンロの使用、ガス湯沸かし器ストーブの不完全燃焼によって発生量が急激に増えることにより中毒症状を発症させる。 このため、大気汚染に係る環境基準については「1時間値の1日平均値が 10 ppm 以下であり、かつ、8時間平均値が 20 ppm 以下であること」とされ、また、労働安全衛生法に基づく事務所衛生基準規則では、事務所の室内における濃度について 50 ppm 以下(空気調和設備または機械換気設備のある事務所では 10 ppm 以下)とするよう定められている。

なお、以前の都市ガスには一酸化炭素が含まれる石炭ガスが使われていたため、ガス漏れによる中毒事故が発生したが(2007年にも北見市で大規模なガス漏れによる死亡事故があった)、2010年3月25日に四国ガス天然ガスへ転換したのを最後に、日本国内で供給される都市ガスは全域で一酸化炭素を含まないものとなり、ガス漏れによる一酸化炭素中毒は起こらなくなった。

タバコの煙にも多量に含まれており、循環器系に多大な負担を及ぼすが、煙に含有している濃度では急性症状は発症しない[3]

症状

急性症状

1時間の暴露では、500ppmで症状が現れはじめ、1000ppmでは顕著な症状、1500ppmで死に至るとされている。一酸化炭素中毒を自覚するのは難しく、危険を察知できずに死に至る場合が多い[4]

軽症では、頭痛・耳鳴・めまい・嘔気などが出現するが、風邪の症状に似ているため一酸化炭素への対処が遅れる。すると、意識はあるが徐々に体の自由が利かなくなり、一酸化炭素中毒を疑う頃には(また、高い濃度の一酸化炭素を吸った場合には)、自覚症状を覚えることなく急速に昏睡に陥る。この場合、高濃度の一酸化炭素をそのまま吸い続ける悪循環に陥り、やがて呼吸や心機能が抑制されて7割が死に至り、また、生存してもは失外套症候群または無動性無言(Akinetic mutism)と呼ばれた高度脳器質障害が残る。

ヘモグロビンは一酸化炭素と結合すると鮮紅色を呈するため、中毒患者はピンク色の「良い」顔色をしているように見える[5]

間欠型(遅発性神経症状)

急性一酸化炭素中毒を発症し高圧酸素療法で一旦回復し、数日から1ヶ月程度に認知機能障害(意思疎通困難、行動異常、尿失禁など)を起こすことがある[6]が、認知症と誤認される事がある。

診断

中毒症状は、頭痛耳鳴めまい嘔気などの臨床症状と、血中カルボニルヘモグロビン濃度をもって確定する。

前述の通り、中毒患者の血色が「良い」ように見えてしまう作用により、吸光度で血中の酸素飽和度を測るパルスオキシメーターは正確な値を示すことができない。パルスオキシメーターによる呼吸モニターは本症においては有効ではない[3][5]

動脈血ガス分析では、PaCO2 は低下し(過換気のため)、代謝性アシドーシスの程度が重症度を示す。血管透過性が亢進するため、血液は濃縮され、Hct値は上昇する。頭部CT検査では、脳の浮腫(酸素不足による)や淡蒼球の低吸収域化(チトクロームCオキシダーゼ活性の低下による)がみられる。

脳波検査では、徐波化や低電位が出現する。

治療

患者は全身的な酸素欠乏状態であり、初期治療には酸欠の対策が必須となるため治療は酸素吸入であるが、純酸素を吸入しても呼吸が不十分な場合は高圧タンク内で酸素を吸入する高圧酸素療法を行うことがある[7]。しかし、常圧酸素療法と高圧酸素療法のどちらを優先するのかは明確になっていない[7]

一酸化炭素はヘモグロビンと強力に結びつくほか脂肪組織や細胞に蓄積される傾向があり、酸素吸入による洗い出しは数日から数十日を要することがある。また、脳細胞(特に大脳基底核)への直接的な障害作用もあるため、後遺症としてパーキンソニズム(大脳基底核の障害による)やしびれ(異常感覚)を来すことが多い。

また、淡蒼球の壊死や脱髄疾患が徐々に進行することにより、回復したと思われたあとに数日から数週間後に発症する後遺症もある。こちらは中毒直後(の急性中毒症)と区別して慢性中毒症(間歇型一酸化炭素中毒)などと呼ばれる。

脳波異常脳萎縮などの高次脳機能障害意識障害不随意運動知能障害性格障害多幸症パーキンソニズム、神経障害等の症状がみられ、中毒初期同様高圧酸素療法TRH療法を実施する。軽度の場合、数ヶ月の入院治療と合わせて1年程度で徐々に軽快するが、淡蒼球の壊死が重度に進んでしまった場合などは回復しない。

合成化学での用途

一酸化炭素はC1化学の分野において、重要な原料化合物である。また、有機化学においてはカルボニル基の原料として、無機化学においては配位子として、一酸化炭素の応用範囲は広い。

例えば、ハロゲン化アリール(芳香族ハロゲン化物)にパラジウムなどの遷移金属触媒と求核剤を加えてクロスカップリングさせる際、一酸化炭素を共存させるとカルボニル基の挿入が起こる。

Ar−I + ROH (アルコール) + (Pd触媒) → Ar−C(=O)−OR (エステルの合成:アルコキシカルボニル化)
Ar−I + H2 (アルコール) + (Pd触媒) → Ar−CHO (アルデヒドの合成:ホルミル化)

アルケンに対しても、適切な触媒の作用でホルミル基 (−CHO) の付加を行うことができる。これをヒドロホルミル化、あるいはオキソ法とよび、各種アルデヒドの工業的な製法のひとつである。

また、日光や触媒により塩素と反応させるとホスゲン(COCl2、工業化学上重要な化合物、かつて毒ガスとして用いられていた)が得られる。

ほか、一酸化炭素を利用する人名反応として、ガッターマン・コッホ反応 (Gattermann-Koch reaction)、コッホ・ハーフ反応 (Koch-Haaf reaction) などが知られる。

備考

当然のことながら、一酸化炭素中毒は室内でも起こりえる。

脚注

  1. Common Bond Energies (D) and Bond Lengths (r)
  2. http://www.mpe.mpg.de/lab/CO/co.html Last accessed June 22, 2010.
  3. 3.0 3.1 3.2 一酸化炭素(CO)中毒 メルクマニュアル
  4. 一酸化炭素中毒 中毒情報センターPDF 
  5. 5.0 5.1 パルスオキシメータで一酸化炭素中毒を見抜けない理由
  6. 急速進行する認知障害では間歇型一酸化炭素中毒も疑う必要がある 日経メディカルオンライン 記事:2013年11月11日、閲覧:2013年11月13日
  7. 7.0 7.1 一酸化炭素中毒に高気圧酸素治療を優先すべきか? 日本救急医学会雑誌 Vol.24 (2013) No.4 p.237-238

関連項目